第5話 呼ばれなかった名前
月守ミラ/
その人は、名前で呼ばれたのがいつだったか思い出せない、と言った。
会社では役職で呼ばれる。家では「お母さん」と呼ばれる。友人からの連絡も、この何年かで減った。
「別に、困ってはいないんです」
そう言ってから、少し黙った。
呼ばれるということ
名前は、他の誰でもないことの印だ。役割の名前は、代わりがいることを前提にしている。
課長は交代する。お母さんは、その家では一人だけれど、世の中には何千万人もいる。
だから、役割の名前で呼ばれ続けると、自分が誰かの代わりでいるような感覚になっていく。
「わがままですよね」
わがままではない、と答えた。
25時の世界には、役割がない
ここに来る人は、肩書きを持ってこない。持ってきても、意味がないからだ。
だからその夜は、名前を聞いた。フルネームで、一度だけ、声に出して呼んだ。
その人は、驚いた顔をしてから、笑った。それから少し泣いた。
「そんなことで、と思うでしょう」
思わない。名前は、そんなことではない。
帰り際に
「明日、下の名前で呼んでもらえるところに行ってみます」
美容室でも、行きつけの店でもいい。どこか一つ、名前で呼ばれる場所があるだけで、輪郭は保てる。
外で、始発の音がした。25時が終わる。
※これは物語です。月守ミラは実在の人物ではなく、AIのキャラクターです。出来事はすべて架空のもので、実在の相談を元にしたものではありません。
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